2009年8月9日日曜日
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慶應義塾大学医学部小児科研究グループ 新生児の100人に一人に発生している先天性心疾患を引き起こす新たな原因遺伝子を世界で初めて発見【慶応義塾大学】

15:13
慶應義塾大学医学部小児科の山岸敬幸専任講師と古道一樹大学院生らは、東京女子医科大学・国際統合医科学インスティテュート(IREIIMS)の松岡瑠美子教授らとの共同研究により、転写因子GATA6※1の遺伝子変異が重症先天性心疾患※2 のひとつである総動脈幹症の原因となることを世界で初めて突き止め、その疾患発症分子機構を解明しました。先天性心疾患の分子・細胞レベルでの再生医療を発展させるための足掛かりとして期待されます。

1. 研究の背景と目的
先天性心疾患は新生児の約1%に発生する最も頻度の高い先天異常の一つであり、内科的および手
術治療による成績が改善されてきた今日でも、新生児・乳児死亡の主要な原因です。総動脈幹症は、
本来大動脈と肺動脈の2本に分かれてそれぞれ体と肺に血液を送るべき心臓からの流出血管が、2本
に分かれず、1本の総動脈幹として存在する先天性心疾患です(別紙:図参照)。胎児は肺呼吸をし
ていませんが、出生後は、右心房・右心室から肺動脈を経由して肺に血液を送るのと同時に、肺から
戻ってきた酸素を多く含んだ血液を左心房・左心室から大動脈を経由して全身に送ることになります。
総動脈幹症では、右心室から送りだされる血液と左心室から送りだされる血液がともに総動脈幹に送
られるため、肺に過剰な血液が流れるのと同時に全身に十分な酸素が送られなくなります。これによ
り、生後早期に重篤な心不全、低酸素血症を発症し、救命困難な例、予後不良な例があります。再生
医療を視野に入れた治療成績と予後の改善には、分子・細胞レベルでの原因・疾患発症機序の解明が必須ですが、先天性心疾患の約9割は未だ原因不明で、一部の染色体異常症を除いて総動脈幹症を発症する単一の原因遺伝子はこれまで明らかにされていませんでした。

そこで、研究グループは、過去の動物実験から得られた情報をもとに、心臓発生および先天性心疾
患発症に関与する候補遺伝子を新たに推定し、ヒト先天性心疾患症例のDNA を対象として網羅的な
遺伝子変異解析を行うことにより、先天性心疾患の原因となる新規疾患原因遺伝子の特定を試みまし
た。

2. 研究の成果と意義
網羅的な遺伝子変異解析により、複数の総動脈幹症の症例で転写因子GATA6 をコードする遺伝子
に変異が検出されました。GATA6 遺伝子は、マウスを用いた動物実験により心臓発生の過程で発現・
機能することが示され、また、GATA6 遺伝子変異マウスで総動脈幹症類似の先天性心疾患が発症す
ることも報告されており、今回の研究結果に一致しています。

今回、ヒトの症例に検出された遺伝子変異を導入したGATA6 変異タンパクを作製し、その機能を
解析しました。その結果、GATA6 変異タンパクでは、神経および血管発生に重要な役割を果たす神
経血管誘導分泌因子※3 の一つである、セマフォリン3C※4 およびその受容体であるプレキシンA2
※5に対する転写活性能が、GATA6 正常タンパクに比して著しく低下していることが判明しました。ま
たトランスジェニックマウスを用いた実験で、セマフォリン3C およびプレキシンA2 が生体内で
GATA 転写因子群により直接的に発現制御されることを明らかにしました。特に、心臓発生過程にお
いて大動脈と肺動脈を2つに分けるための中隔(壁)を形成する心臓幹細胞である、心臓神経堤細胞
に関与するセマフォリン3C およびプレキシンA2 の発現が、GATA 転写因子群により直接制御され
ることがわかり、GATA6 遺伝子の変異によりセマフォリン3C およびプレキシンA2 の発現低下を来
たし、心臓神経堤細胞の発生が障害されることにより総動脈幹症が発症する、分子・細胞機序が解明
されました。

従来法では、ほとんど原因を明らかにすることができなかった先天性心疾患の一部の原因が、新た
な発想の網羅的遺伝子変異解析と変異タンパクの機能解析の統合により解明されたことは、この領域
の今後の進展に意義を持ちます。また、予後不良な重症先天性心疾患である総動脈幹症の単一原因遺伝子、およびその遺伝子異常によって疾患が発症するメカニズムが分子・細胞レベルで明らかにされ
たことは、本疾患の再生医療を視野に入れた新たな治療戦略の開発の基礎となる意義があります。

3. 今後の展開
本研究成果を「米国科学アカデミー紀要」に投稿後、さらに対象数を増やしてGATA6 遺伝子変異
解析をおこなった結果、総動脈幹症以外の先天性心疾患にも遺伝子変異検出例が認められております。

また、海外からもGATA6 の遺伝子変異が発見されたというプレリミナリーな報告(未発表データ)
もあります。今後、これらの新たな変異タンパクの機能解析を進めていくことにより、先天性心疾患
の原因遺伝子としてのGATA6 のインパクトが高まり、さらに詳細な疾患発症分子機構が解明される
ことが期待されます。

総動脈幹症などの心臓流出路の発生異常を伴う先天性心疾患では、生後早期から重篤な症状を呈し、複雑な形態異常のため治療困難な予後不良例も多いのが現状です。体格の小さな新生児・乳児に対し、サイズの大きい人工物を用いた心臓流出路の修復手術の適応には限界があり、また、術後遠隔期には人工物の変性が生じることにより血行動態が悪化し、予後不良の原因となります。術後遠隔期の合併症・遺残症を予防し、長期予後を改善するための理想的な治療法として、自己組織から誘導した幹細胞により心臓流出路を再建する再生医療が考えられます。しかし、小児領域では成人領域に比して、再生医療の研究および臨床応用が大きく立ち遅れています。本研究の成果である、分子・細胞レベルでの心臓発生および先天性心疾患発症機構の解明は、根治困難な先天性心疾患に対して、今後再生医療を実現するために必要不可欠な基礎的知見となります。

4. 掲載論文

タイトル:
GATA6 mutations cause human cardiac outflow tract defects by disrupting semaphorin-plexin
signaling

著者:
Kazuki Kodo, Tsutomu Nishizawa, Michiko Furutani, Shoichi Arai, Eiji Yamamura, Kunitaka
Joo, Takao Takahashi, Rumiko Matsuoka, Hiroyuki Yamagishi

雑誌:
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(米国科学アカデミー紀要)

【用語の解説】

※1 転写因子GATA6:
転写因子とは、ゲノムDNA 上の遺伝子の制御領域に結合するタンパクで、その遺伝子の転写産物
であるメッセンジャーRNA の転写を促進ないし抑制することにより、メッセンジャーRNA から翻
訳されてできるタンパクの発現を調節し、生体内の様々な機能を制御する分子です。GATA6 は、
亜鉛分子を取り囲む突起(Zn フィンガー)構造を有し、DNA 上のGATA 結合配列に特異的に結合
して転写活性能を発揮するGATA 転写因子群(GATA1~6)に属するタンパクです。これまでの
国内外の研究により、GATA 転写因子群に属するタンパクは、血球、血管、心臓、消化管等、様々
な臓器・組織の発生に重要な役割を果たすことが報告されています。

※2 先天性心疾患:
心臓大血管の発生異常に起因する構造の異常により、血液循環の異常を来し、心不全や低酸素血症
を起こす疾患です。新生児100 人に対して約1 人の割合で発症する、生命に直結する先天異常の中
では最も頻度の高い疾患です。様々な種類の疾患がありますが、体で酸素を使われて酸素含量の少
なくなった血液が右心房—右心室—肺動脈と流れて肺に至る右心系と、肺で酸素を多く取り込んだ
血液が左心房—左心室—大動脈と流れて体に酸素を供給する左心系を、きちんと2つに分割するた
めに必要な隔壁(それぞれ心房中隔、心室中隔、大動脈・肺動脈中隔)の形成異常のバリエーショ
ンによって様々なタイプの構造異常が起こり、各々の疾患名で呼ばれます。本研究の対象となった
総動脈幹症は、上記、大動脈・肺動脈中隔および心室中隔の形成不全によって、右心系と左心系の
血液が2つに分離されず、心臓内で混ざってしまうことによって症状を起こします。

※3 神経血管誘導分泌因子:
発生には、ある細胞が別の細胞に対して働きかけること、すなわち細胞間の相互作用が必要で、心
臓血管の発生も例外ではありません。この働きかけ・相互作用の多くは、シグナル伝達によって担
われます。これは、ある細胞から分泌された分子(リガンド:ligand)が、細胞外シグナルとして
別の細胞表面に存在する特異的な受容体(receptor)タンパクに結合し、細胞内に生体シグナルを
伝達することによって起こります。神経系・血管系の誘導、発生には様々なリガンドが神経血管誘

導分泌因子として関与しており、セマフォリン3C(リガンド)もその一つと考えられています。

※4 セマフォリン3C(semaphorin3C):
セマフォリン分子はセマ・ドメインと呼ばれる構造を有するシグナル伝達分子として機能するタン
パクで、8つのサブクラス(セマフォリン1~7およびV)があります。セマフォリン3C は8つ
のサブクラスのうち可溶性タンパクとして群を成すセマフォリン3群に属します。セマフォリン3
群は、神経系において、細胞表面に膜貫通型タンパクとして発現する受容体であるプレキシンに結
合することにより、神経軸索の伸長を抑制ないし促進するシグナル伝達分子として機能します。最
近では、神経系以外にも免疫系、血管系において、セマフォリンープレキシン受容体シグナルが、
その発生およびネットワーク形成に重要な役割を果たすことが報告されています。

※5 プレキシンA2(plexinA2):
プレキシン分子は細胞表面に膜貫通型タンパクとして存在し、セマフォリン分子の受容体として機
能します。すなわち、細胞外に存在するセマフォリン分子がプレキシン分子に結合することにより、
細胞内にシグナルが伝達され、神経系においては神経軸策の伸長ないし促進、免疫系においてはネ
ットワーク形成、血管系においては血管新生など、種々の生体反応が起こります。プレキシンA2
は、4群(プレキシンA~D)からなる分子群のうちプレキシンA 群に属します。

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